「朝起きてトイレに行ったら、水が全くないんです!最初は故障かと思って焦りました。」これは、私が以前、あるお客様から聞いた話です。トイレが詰まることはあっても、便器から水が消えるなんて、普通は考えませんよね。しかし、これは決して珍しいことではないんです。私自身も、現場で幾度となくこの現象に遭遇してきました。お客様のお宅で最初に確認したのは、他の水道は問題なく使えるかということ。水が出ないわけではないので、断水ではありません。次に、便器を覗くと、確かにS字トラップに溜まっているはずの「封水」がほとんどなく、代わりに下水のような嫌な臭いが漂っていました。これは明らかに、排水管のどこかで異変が起きている証拠です。詳しくお話を伺うと、前日の夜、少し多めにトイレットペーパーを流してしまったような気がする、とのこと。おそらく、それがきっかけで排水管の奥の方で部分的な詰まりが発生したのでしょう。完全に詰まってしまえば水は全く流れなくなりますが、中途半端に詰まっていると、便器内の水がゆっくりと時間をかけて排水管に吸い込まれてしまうことがあります。これは「サイホン現象」と呼ばれ、排水管内の負圧が封水を引っ張り出すことによって起こります。また、もう一つの可能性として考えられたのは、通気不良です。建物の排水システムには、スムーズな排水を促すための通気管が必ずあります。もし、この通気管が詰まってしまったり、何らかの理由で機能しなくなったりすると、排水時に管内の空気がうまく排出されず、負圧が生じて便器の封水が吸い込まれてしまうのです。このお客様の場合、戸建てだったので集合住宅の通気不良とは少し状況が異なりますが、排水管の勾配や汚れの蓄積によって、同様の負圧が発生することもあります。最終的に、お客様のトイレのケースでは、専用のワイヤーブラシを使って排水管の奥に引っかかっていたトイレットペーパーの塊を取り除いたところ、ゴボゴボという音とともに水が正常に戻り、封水もきちんと溜まるようになりました。お客様は「こんな現象があるんですね!知らなかった」と驚いていましたが、まさにその通りで、多くの人が知らないトラブルの一つです。もし、ご自宅のトイレで同じような現象が起きたら、焦らず、むやみに水を流し続けないでください。